独身の愉しみかた

30代のサラリーマンが自由で快適なSingle Lifeを綴っています。

 数少ない読者諸君(*・ω・)ノコンバンワ

 「大阪維新の会」が大阪都構想を諦めたはずなのに、凝りもせずまた大阪都構想を推進するそうですね。往生際が悪いというか、なんというか―――。そんな何とも言えないモヤモヤ感があるので、今宵も少し語ります、語らせて頂きます。でも結局、書き終えても、何を書いているのか、何が言いたいのか、分かりませんね。名探偵が言うように「真実は常にひとつ」ならどんなに楽なことか―――。詰まるところ、優秀な読者諸君に「思い」「想い」解釈して頂いて良い。何とも適当な考えでありますが、「適度」に思索して頂ければいいのかも知れません。

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 どんなときでも自身の信念を曲げない、あるいは、高い志を変えずに堅忍不抜の精神を貫くとか、それは人としてあるべき理想の姿とも言えますけれども、自身の集団や組織、文化圏から一歩先に歩めば、まった違った価値観で世界は動いている。自分の常識が通じない経験をしたことがある人は、きっと少なくないでしょう。そんな閉じられた閉鎖的な空間に身を置き、自分の「想い」を相手にどれだけ伝へられるか、又は共に共感する努力を貫けくことこそが、一般的に立派な人物像に写るかもしれません。

 一方でどんな場所に身を委ねても、自身の「志」「信念」や「想い」を曲げず・変えず・貫くことを一途に求めれば求めるほどに、でも実のところ閉じているのは、相手ではなく本人かも知れないということ。心を閉ざした側の人の「志」というのは、初志貫徹を貫いても「その場所」では称賛はされないでしょう。

 要するに、置かれた集団・組織・文化などの要因が変われば、その人の「志」とは裏腹に、その「想い」は簡単に引っ繰り返るということ―――。常識が非常識になると言うことに気付かない内は、どんなに志が高くても上手く行かないし、ただの押し売りでしかない。彼らが前回の敗戦で学ぶべきことは、この辺りだったりしますかね。

 夏目漱石の「こころ」は今でも教科書でよくみかけます。「私」が見た「先生」の遺書で綴られた三角関係の物語。先生が「女」と結婚し、それを知った「相手の男」が自殺するお話です。でもこれは、三角関係を意識しているのはあくまで「私」であって、当事者ではない。少なくとも「先生」に恋心を打ち明けられた「相手の男」は三角関係を意識はしていないし、当然女も明確に意識はしていない。当事者で気付いていたのは「先生」ただひとり。それはもはや三角関係とは言えない「一方的な関係」でしかない。

 ここにあるのは「こころ」の描写であり、人の「想い」である―――。想い、と言うのは、時として「重い」モノであるし、また相手がいてこそ成り立つモノである。でもそれは決して綺麗なモノとは限らない。「想い」の字の下に「心」と書いて「下心」が隠れていることにも読者は脳裏に留めておく必要がある。これは観測者の視点の問題であり、当事者の「こころ」の移り変わりは読み手にとって意味が無いのかも知れない。

 表と裏なんて直ぐに引っ繰り返る。そんなあやふやな「意思」に「想い」を巡らせる―――。人の「こころ」は理解し難いモノです。ただひとつ言えることは、ひとりよがりにならないためにも、普段から物事を「裏側」から観測する癖をつけておくこと、それは自分の立ち位置を確認する上でも重要かも知れません。



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コメント

コメント一覧

    • 1. スパイス
    • 2015年08月25日 07:08
    • 将棋の羽生さんは、常に対局側から(特に自分がピンチと感じた時に)盤面を見るようにしている、というようなお話しをされていました。
    • 2. 醇
    • 2015年08月30日 21:41
    • コメントありがとうございます。
      いろんな人の見方がありますね。
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