独身の愉しみかた

30代のサラリーマンが自由で快適なSingle Lifeを綴っています。

 皆様(*・ω・)ノオッス♪

 知り合いが資格試験の真っ最中で大変なようです。
 それでも設問に対して解答が「ひとつ」なのは幸運かも知れません。

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 老若男女問わず、幸運にも「試験」にまったく触れないで過ごしてきた人は少ないでしょう。人は大なり小なりこれまでの暮らしの中で、何らかの試験に関わっています。

 穴埋め方式・記述方式・択一式など、試験に回答する方法は沢山ありますが、それは同時に試験の数だけ、あるいは受験者の数だけ、試験の攻略法も存在します。

 しかし私達には、忘れてはならないこと、気付かなきゃいけないことがあります。それは「試験」と銘打った事由には必ず「ひとつの答え」があることを、「ひとつだけの答え」があることを知っておくべきです。

 いつでも「一つの問題に対して、答えが一つとは限らない」

 所謂、学校での授業では必ず解答があり、それを導くための解法も用意されています。そんな温室環境で育った四角四面な子どもである私自身が社会に出て十余年―――

 何が嘘で何が真実なのか。まったくもって混沌とした社会に毒され見失っていた時代。そして思い知った、と言うか達観させられた。世の中とは実に不確かなもので構成されて相成ることを。

 現代でも、未来にも、曖昧な答えなんてない。そこにあるのは毅然とした「こうすればこうなる」とした厳然たる決まりごとだけ―――そこに人の意思が入り込む隙間は存在しない。

 故に、個人の意思はただの意見でしかなく、想像からは創造を導けない。既に解答が用意されている環境では、如何に衆知を集めた濃密な積み重ねの思索を展開したところで、結果は変わらなし、変えられない。

 しかし現代社会では、現実問題「一問一答」どころか、「一問多答」又は「一問無答」であることが度々ある。なぜ世の中に溢れる諸問題の多くは、授業のように、あるいは試験のように、答えがひとつ又は特定されないのか―――

 厳然たる決まりごとに対して、民主主義には真実を捻じ曲げられる力がある。

 協力しあうこと、協調し合うことが、民主主義の根底にあるのであれば、いずれ人は必ず間違いを犯す。正しい解答を尻目に、民主主義の名の基に、「多数決」という手法で真実を捻じ曲げることができる力。これはとても怖いことです。

 しかも判断を下した結果、挫折をしても人は、失敗を悔み後悔したところで、その事実は消えたりしないけれども、それでも人は忘れることはできる。そしてまた同じこと繰り返す―――。

 そんなロジックで世の中は廻っているのかな、と言うお話。



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